
SaaSの導入と運用は、年間数百万円から数億円規模の投資となる組織が増えており、経営層から「このSaaSは本当に費用対効果が出ているのか」「契約継続を判断する根拠は何か」といった問いが日常化しています。しかし、SaaSは効果が定量化しにくく、ROI(Return on Investment)を正確に算出できる組織は多くありません。
導入時のビジネスケースで描いた効果と、実際の利用状況や業務成果の差を埋められないと、SaaSコストは膨らむ一方で、削減のメスを入れる場所も見えません。情シス部門と経理部門、現場部門の三者が共通の指標で議論できる枠組みが必要となっています。
SaaSのROI計算で押さえる基本式、5つの計算フレーム、効果の定量化手法、コスト構造の整理方法、ROI改善の実践ステップを解説します。情シス部門のSaaS管理担当者、経理部門のIT予算責任者、SaaS選定プロジェクトのリーダーを主な対象とした内容です。
SaaSのROIとは、特定のSaaSサービスへの投資に対して得られた経済的・業務的なリターンを定量化した指標です。一般的なROIの計算式は「(リターン − 投資)÷ 投資 × 100」で、パーセンテージで表されます。SaaSの場合、リターンは業務効率化、売上向上、コスト削減など複数要素の合算となり、投資はライセンス料、導入費、運用工数、教育費などの総コストとなります。
たとえば、年間ライセンス料300万円のSaaSが、年間1,000時間の業務工数削減(時給5,000円換算で500万円)と、新規売上100万円の貢献をもたらした場合、ROIは「(500万 + 100万 − 300万)÷ 300万 × 100 = 100%」となります。投資額と同等のリターンを得たという計算です。
ROI計算が難しい理由は、リターンの定量化が困難なケースが多いためです。
これらの課題を踏まえ、SaaSのROIは単一指標ではなく、複数の評価軸で多面的に計算する考え方が主流になりつつあります。
参考:ITサービスマネジメントの実装ガイド|itSMF Japan
SaaSのROIを実用的に計算するためには、目的に応じた複数のフレームを使い分ける必要があります。代表的な5つのフレームを整理します。
SaaSによる業務工数削減を時間換算し、人件費換算でリターンを算出するフレームです。会議の自動議事録作成、申請承認の自動化、データ集計の自動化など、明確な工数削減効果がある領域で適用されます。月間削減時間 × 平均時給 × 12カ月 がリターンの基準値となります。
営業支援、マーケティング自動化、顧客管理のSaaSにより、新規受注、商談数、顧客単価の向上を売上換算するフレームです。導入前後の営業実績を比較し、SaaS起因と認められる売上を切り分けて計算します。マーケティング自動化ツールでは、リード数や転換率の改善が指標となります。
既存業務やシステムの置換により、紙、印刷、サーバー保守、外部委託費を削減するフレームです。請求書処理SaaS、電子契約SaaS、ペーパーレス化ツールなどで適用されます。年間削減コストから新規投資を差し引いた純額がリターンとなります。
セキュリティ、ガバナンス、コンプライアンス強化により、インシデント発生時の損失リスクを低減するフレームです。期待損失額(発生確率 × 想定損失額)の低減分を経済価値として計算します。情報漏えい1件あたりの平均損失(数千万〜数億円)と、SaaSによる発生確率低減を組み合わせます。
参考:IBM Cost of a Data Breach Report 2025|IBM
業務イノベーション、新規事業、データ活用といった定量化が難しい価値を、定性指標と定量指標の組み合わせで評価するフレームです。NPS(推奨度)、従業員満足度、データ活用率などのKPIを設定し、目標達成度合いで価値を測定します。
SaaSのROI計算で「投資」を正確に把握するには、ライセンス料だけでなく総保有コスト(TCO)を網羅的に整理する必要があります。表面的なライセンス料だけで計算すると、ROIが過大評価される結果となります。
SaaSの直接コストには、年間ライセンス料、ユーザー数増加に伴う追加ライセンス料、上位プランへのアップグレード料、APIコール課金、ストレージ容量超過料金などが含まれます。
導入時には、初期セットアップ費、データ移行費、システム連携の構築費、コンサルティング費、社員教育費、トレーニングコンテンツの整備費などが発生します。これらは初年度に集中するため、3〜5年で按分する考え方が一般的です。
運用フェーズでは、情シス部門の運用工数、ヘルプデスク対応工数、定期的なポリシー見直し工数、ベンダー対応工数が継続的にかかります。ライセンス料に対して一定の運用コストが発生することを念頭に置いてください。
見落としがちな隠れコストには、機能未活用による機会損失、複数SaaSの機能重複コスト、シャドーITの発見・統合コスト、退職者残存ライセンスの過剰課金などがあります。これらを可視化することがTCO最適化の起点です。
TCOは「直接コスト + 導入コスト + 運用コスト + 隠れコスト」の合算です。3〜5年の累計で計算することで、年次の変動を吸収した実態に近い数字となります。
SaaSのリターンを定量化する手法は、業務領域とSaaSの性質によって使い分けます。代表的な手法を整理します。
工数削減効果は、削減時間 × 平均時給で計算します。組織で標準時給を定義(管理職、一般社員、契約社員などの区分別)し、業務領域ごとに削減時間を測定します。導入前後で時間測定するか、現場ヒアリングで概算する手法があります。
営業・マーケティングSaaSでは、導入前後の売上、受注、商談数、顧客単価を比較し、SaaS起因の差分を算出します。コントロールグループ(同期間で導入していない部門)との比較で、純粋なSaaS効果を切り分ける方法も有効です。
紙の印刷、郵送、外部委託、サーバー保守などの既存コストを項目別に把握し、SaaS導入による削減額を積み上げます。既存業務プロセスの全体像を可視化することが前提となります。
セキュリティSaaSでは、インシデント発生件数の低減、被害額の縮小、対応工数の削減を金額換算します。同業他社の被害事例や業界平均値を参考に、期待損失額の低減分を算出します。
戦略的な価値を測るため、利用率(アクティブユーザー数 ÷ ライセンス数)、最終ログイン日、機能利用状況、利用者満足度(NPS、CSAT)を継続的に測定します。これらは単独では金額化が難しいですが、ROI計算の補助指標として重要です。
SaaSのROIは導入時の試算で終わるのではなく、継続的に測定・改善することで価値を最大化できます。次の5ステップで運用設計を進めてください。
組織が契約しているSaaSをすべて棚卸しし、ライセンス数、年間費用、利用者一覧、最終ログイン日を一元的に把握します。SaaS数や利用者数が増えると、Excelだけでの管理には限界が出やすくなるため、SaaS管理プラットフォームの導入が推奨されます。
各SaaSに対し、本記事で示した5つのフレームから適切なものを選び、ROI計算式を定義します。試算結果を経営層・経理部門・情シス部門で共有し、評価基準を統一することが、継続的な議論の前提となります。
四半期または半期ごとに、SaaSのROIを再計算し、想定とのギャップを検証します。利用率が低いSaaS、機能重複が判明したSaaS、ライセンス過剰なSaaSを特定し、削減・統合の判断材料とします。
最終ログイン日から30日・60日・90日以上利用がないアカウントを特定し、退職者・異動者・休眠ユーザーを整理します。SaaS管理プラットフォームで自動検出することで、年間数百万円〜数千万円のコスト削減が可能です。
ROIが目標を下回るSaaSは、ベンダー交渉でディスカウント、上位/下位プラン変更、機能重複の統合、解約のいずれかを判断します。交渉の根拠として、利用率データ、業界相場、競合製品の見積もりを活用します。
参考:ITサービスマネジメントの実装ガイド|itSMF Japan
SaaSのROI計算は、理論上は明快ですが、実務では複数の落とし穴があります。事前に把握して対策を講じてください。
複数SaaSが連携して業務効率化を実現している場合、各SaaSの効果を独立して計算すると合計が実態と乖離します。複数SaaSのセットで効果を測定し、貢献割合を按分する考え方が必要です。
導入前後の比較で、外部環境(市況、組織変更、競合動向)の影響を切り分けないと、SaaS起因の効果が正確に出ません。コントロールグループや、複数年データの傾向分析を組み合わせて精度を高めます。
現場ヒアリングだけで工数削減を見積もると、楽観バイアスや過小評価が混入します。実測データと組み合わせ、複数人での合意形成を経た数字を使うことで、信頼性が高まります。
「ROI 200%以上を目指す」といった目標値が曖昧だと、判断基準が揺れます。SaaS種別、業務領域、組織規模ごとに目標値を設定し、達成度合いで判断することが望まれます。
導入初年度はROIが低く出る傾向があります。3〜5年の累計でROIを評価する視点を持ち、短期判断による解約リスクを避けます。
SaaS ROI計算と社内コミュニケーションで頻出する用語を整理します。
SaaSのROI計算と継続的な最適化を実践したい情シス部門には、Josysが現実的な選択肢になります。Josysは、SaaS、デバイス、アカウントを統合管理するAI駆動型アイデンティティガバナンスプラットフォームで、契約しているSaaSの一覧、ライセンス利用率、未使用アカウント、コスト分析を自動で可視化します。
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SaaS ROI計算の実務でよく寄せられる質問にお答えします。
導入計画段階で目標値を設定し、導入から半年〜1年後に初回測定するのが標準的です。初年度は導入コストが集中するため、累計2〜3年で本格的な評価を行うことが現実的です。
ROIだけで判断するのではなく、戦略的価値、リスク低減効果、将来の活用可能性を総合的に評価することが望まれます。利用率向上の余地、契約条件の見直し、機能重複の統合などの選択肢を検討してから、解約判断を下すべきです。
NPS、従業員満足度、データ活用率などの定性指標と、業界ベンチマークの定量指標を組み合わせます。「ROI 200%相当の価値があると経営層が合意した」といった、定性合意を含む評価設計も実用的です。
業務効率化型ROIでは100〜200%、売上貢献型ROIでは300%以上、リスク低減型ROIでは50〜100%が目安となります。SaaS種別と組織の戦略に応じて、独自の目標を設定することが重要です。
SaaS管理プラットフォームでデータを一元化し、計算式と評価基準を文書化することが第一歩です。情シス、経理、現場部門の三者で評価会議を定期開催し、計算結果を共有・討議する仕組みを作ることで、組織標準として定着します。
SaaSのROI計算は、単発の試算ではなく、継続的な測定・改善のサイクルとして運用することで真価を発揮します。ここまで紹介した5つの計算フレーム、TCO整理の方法、5ステップの改善プロセスを起点に、自社のSaaSポートフォリオの最適化を進めてください。SaaSとデバイス、アカウントを横断管理したい中堅・準大企業の情シス部門には、Josysが現実的な選択肢となります。
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