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「先月から営業部が新しいプロジェクト管理ツールを使い始めたらしい。マーケティング部は別のツールを先月末に契約していた。しかも両方とも、全社共通で契約している類似ツールがすでにある」
情シス担当者なら、こうした状況に心当たりがあるのではないでしょうか。部門ごとに必要なツールを独自に調達し、気づけば社内のSaaSが際限なく増えている——これがSaaSスプロールの実態です。
コスト面での無駄はもちろん、退職者アカウントの放置、データの部門間分散、セキュリティ設定の不均一といった問題も複合的に発生します。「どこから手をつければいいかわからない」と感じている情シス担当者は少なくありません。
この記事では、SaaSスプロールが発生する構造的な原因を整理したうえで、情シスが実務で取り組める具体的な対策を5つのステップで解説します。ツールを選定する際の判断基準も示しますので、自社の状況に合った対応策の検討にお役立てください。
SaaSスプロールとは、組織内でSaaSアプリケーションが全社的な管理・統制なしに無秩序に増殖し、情シスが全容を把握できなくなっている状態のことです。「sprawl(スプロール)」はもともと都市が無計画に拡大していく現象を指す英語で、SaaSの乱立状態をこれになぞらえた言葉として使われています。
問題はツールそのものにあるのではありません。全体を見渡す視点がないまま、各部門・各個人が個別最適でSaaSを導入し続けることで生まれる状態です。現場が業務効率を求めてツールを選ぶのは自然な行動です。しかしその積み重ねが、組織全体の非効率・リスク・コスト増大につながります。
SaaSスプロールの文脈では、「野良SaaS」と「重複SaaS」という2つの問題が混在しています。
SaaSスプロールは、野良SaaSと重複SaaSが複合的に存在することで深刻化します。どちらか一方だけでなく、両方の観点から実態を把握することが重要です。
関連記事:野良SaaSとは|発生原因・3つのリスク・情シスが取るべき管理対策を解説
SaaSスプロールと混同されやすい概念に「シャドーIT」があります。シャドーITはIT部門が把握・管理していないIT全般を指す広い概念であり、ハードウェア(私用スマートフォン、USBメモリなど)、デスクトップアプリ、クラウドサービスすべてを含みます。
SaaSスプロールはそのうちSaaSの増殖に焦点を当てた概念です。野良SaaSはシャドーITの中のSaaS部分に相当します。近年はハードウェアよりもSaaS経由のリスクが急増しているため、シャドーIT対策においてもSaaSスプロールへの対応が中心的なテーマになっています。
関連記事:シャドーITとは|リスク・検出方法・対策 完全ガイド
SaaSスプロールは、従業員の不注意や悪意から生まれるのではなく、組織的な構造要因から発生します。「申請ルールを徹底してください」という通達を出すだけでは根本解決になりません。原因を正確に理解することが、実効性のある対策の前提です。
従来のオンプレミスソフトウェアは、IT部門の関与なしに導入することが現実的に難しい構造でした。しかしSaaSはメールアドレスとクレジットカードさえあれば即日利用でき、フリーミアムプランではカードすら不要な場合があります。
現場の担当者が「ちょっと試してみよう」と始めたツールが、いつの間にか部門全体に広がり、有料プランに移行している——こうした流れは、SaaSそのものの低摩擦な設計によって起こります。現場を責めることより、この構造を前提とした管理体制を作ることが現実的なアプローチです。
各部門はそれぞれの業務効率を最大化しようとします。全社共通ツールが自分たちのワークフローに合っていなければ、部門に適したツールを独自に導入することは、現場からすれば合理的な判断です。
この「個別最適」の積み重ねが「全体最適」の欠如を生みます。情シスが全社の標準ツールを整備しても、現場のニーズに応えられていなければ、水面下での別ツール導入は続きます。SaaS標準化の際に現場の意見を取り入れることが、スプロール再発の防止につながります。
SaaSは契約・更新・解約のサイクルが速く、人事異動や組織再編に合わせて不要になるケースも多いです。しかし棚卸しの仕組みがなければ、使われていないライセンスへの課金が続き、退職者のアカウントが残り続けます。
年間契約で更新日が来るたびに自動更新される設定になっていると、誰も使っていないサービスに年間数十万円が流出するケースも起きます。管理の仕組みを持たない組織ほど、こうした「ゴーストライセンス」が積み上がります。
企業の合併・買収・分社化が起きると、異なる環境で育ってきたSaaSスタックが一度に合流します。このタイミングで棚卸しと統合作業を行わないと、重複するSaaSが両社に残り続けます。また、グループ会社ごとに異なるIT管理体制を持つ企業では、ホールディングス視点でのSaaS全体把握ができていないことが多く、スプロールが深刻化しやすい環境です。
SaaSスプロールをそのまま放置した場合、コスト・セキュリティ・運用の3つの側面で問題が表面化します。それぞれ独立したリスクではなく、相互に連鎖して問題を複雑にする点が特徴です。
最も直接的に表れるリスクがコストです。使われていないライセンス(ゴーストライセンス)、同一機能の重複契約、退職者分のアカウントへの課金が積み重なります。Gartnerは、SaaSライフサイクルを集中管理・統制できていない組織は、未活用のライセンスや重複ツールにより2027年までにSaaS支出を少なくとも25%過剰に支払うと予測しています。
さらに問題なのは「コストが把握できていない」こと自体です。契約が各部門に分散していると、IT支出の全体像を把握して経営層に報告することが困難になります。予算管理の透明性を保てない状態は、次年度の予算計画にも悪影響を及ぼします。
SaaSスプロールが進むと、ID管理が急速に複雑化します。情シスが把握していないSaaSは、入社・異動・退職に合わせたアカウント管理の対象に含めることができません。
特に深刻なのが退職者アカウントの問題です。退職時に主要SaaSのアカウントを削除したとしても、IT部門が把握していない野良SaaSのアカウントはそのまま残ります。元社員がアクセス可能な状態のまま業務データが残り続けるケースは、情報漏えいリスクとして見過ごせません。
人事異動時のアクセス権変更も、把握しきれていないSaaSについては対応が漏れます。「以前の部署の権限でデータにアクセスできてしまう」という最小権限の原則違反が、広範囲にわたって発生しているケースもあります。
IT部門が関与せずに導入されたSaaSは、多要素認証(MFA)の設定状況、データの保存場所・保存期間、外部との共有設定など、セキュリティに関わる項目を情シスが確認できていません。
あるSaaSではMFAが義務化されているのに、野良SaaSでは各自の設定に任されており、パスワードのみで業務データにアクセスできてしまう——こうした設定の不均一が、攻撃者に悪用されやすい穴を生みます。データ分散の問題も深刻です。各部門が異なるSaaSにデータを保存していると、インシデント発生時に「あのデータはどのSaaSに入っていたか」という状況が生まれ、対応を大幅に遅らせます。
参考:Gartner Magic Quadrant for SaaS Management Platforms(Gartner予測の解説)
SaaSスプロールへの対策は、一度実施すれば完了するものではなく、継続的なガバナンスを構築するプロセスです。以下の5ステップを順に進めることで、現状把握から再発防止まで体系的に対応できます。
対策の出発点は「何が使われているかを知ること」です。情シスが管理していると思っているSaaSの数と、実際に社内で使われているSaaSの数には、多くの企業で大きなギャップがあります。まずそのギャップを可視化します。
複数の調査で、情シスが把握している数を大きく上回るSaaSが社内で稼働している実態が報告されています。把握漏れの多くは、部門が個別に契約した有料SaaSやフリープランのツールです。まず実態を知ることなしに、適切な対策を打つことはできません。
収集した情報は、以下の項目を含む台帳(スプレッドシートまたはSaaS管理ツール)に整理します。
この台帳がSaaS管理の「ソース・オブ・トゥルース(唯一の正しい情報源)」になります。最初から完璧を目指す必要はありません。まず全社のSaaSを洗い出すことを優先し、詳細情報は段階的に補完していく進め方が現実的です。
関連記事:SaaS棚卸しのやり方|情シスが実践する手順・チェックリスト・ツール活用の完全ガイド
把握した全SaaSをそのまま管理し続けようとすると、工数が膨大になります。重要性とリスクに応じて仕分けを行い、対応優先度を決めます。
すべてのSaaSに同じ優先度で対応することは現実的ではありません。以下の観点でリスクスコアを設定し、高スコアのものから対応します。
現状の問題を解消しても、新しいSaaSが同じ状況で増え続ければスプロールは再発します。SaaSスプロール対策の核心は「今後も同じ問題が起きない仕組みを作ること」にあります。
SaaSの導入に関するルールを明文化し、全社に周知します。ポリシーに含めるべき主要項目は以下のとおりです。
ポリシーは現場が守れる現実的な内容にすることが重要です。過度に厳格なルールは形骸化するか、現場の反感を買って水面下での導入を促進する逆効果を生みます。「報告すれば使えるケースも多い」という体験を現場に作ることが、ルール遵守のモチベーションになります。
ポリシーだけでなく、申請・承認のプロセス自体を使いやすい形で整備します。申請フォームがわかりにくい、審査期間が長すぎるといった状況は「申請を避けて勝手に使う」選択を促します。
承認フローには以下を含めます。
SaaS管理は一度実施すれば終わりではなく、継続的な更新が必要です。半年に一度または年に一度、全社規模の棚卸しを定期実施するスケジュールを確立します。四半期ごとに利用状況レポートを確認し、コストの増減・新規SaaSの追加・未使用ライセンスの解約を判断するサイクルも組み込みます。
定期棚卸しのタイミングとして最も有効なのは、期末・期初の予算見直し時期です。棚卸し結果を翌年度のIT予算計画に直接反映できるため、経営層への報告と予算獲得にも活用できます。
SaaSスプロールによって最も深刻化するセキュリティリスクが、IDライフサイクル管理(JMLプロセス:Joiner/Mover/Leaver)の破綻です。管理対象のSaaSが増えるほど、入社・異動・退職に合わせたアカウント管理の漏れが生じやすくなります。
手動でのID管理には限界があります。SaaSの数が増えるほど、人手での管理は現実的でなくなります。IDプロビジョニングの自動化には、SSOとSCIMの組み合わせが有効です。
SSO・SCIMに対応していないSaaSは、個別に管理フローを作成する必要があります。この対応工数を考慮すると、新規SaaS導入の審査基準に「SSO・SCIM対応」を含めることが、長期的な管理コスト低減につながります。
関連記事:SaaSガバナンス強化方法|情シスが構築する管理体制と実践ステップ
ステップ1〜4をスプレッドシートと手作業で運用することは可能です。しかし、管理するSaaSが50種類を超えてくると現実的に限界が生じます。SaaS管理ツール(SMP:SaaS Management Platform)の導入で、可視化・棚卸し・ID管理の多くを自動化できます。
SaaS管理ツールが持つ代表的な機能は以下のとおりです。
JosysはSaaSとデバイスを一元管理するITデバイス&SaaS統合管理クラウドです。SaaSスプロール対策の観点では、以下の点で情シスの業務を直接的に支援します。
SaaSスプロールの現状確認から始めたい方へ、まずJosysの機能と活用事例を資料でご確認いただけます。
対策を実施する際に、事前に把握しておくべき現実的な注意点を整理します。
SaaSスプロールの原因の多くが現場の業務ニーズから来ているため、「禁止・廃止・申請義務化」だけを押し付けると反発が生じます。現場が「このルールに従うメリットがある」と感じられるコミュニケーションが必要です。
申請ルールを設けると同時に「代替として使えるツール」を案内すること、承認スピードを上げて現場を待たせないこと、廃止するSaaSについては移行支援を提供すること、といった配慮が有効です。
全社のSaaSを一度に把握・整理・管理しようとすると、工数が膨大になり途中で止まるリスクがあります。まず特定部門から始めて手順を確立し、段階的に全社展開するアプローチのほうが現実的です。初回の棚卸しは精度より網羅性を優先し、台帳を作ることを最初のゴールにします。
ChatGPT、Claude、Gemini、Perplexityなどの生成AIサービスを個人アカウントで業務利用するケースが広がっています。社内情報や顧客データが生成AIに入力されるリスクは、他のSaaSと比較しても影響範囲が広いため、生成AI利用ポリシーの策定を優先的に進めることをお勧めします。
関連記事:生成AIのセキュリティリスクと情シスが取るべき対策
SaaSスプロールは、SaaSが業務インフラとして定着した現代において多くの企業が直面している構造的な課題です。個々の従業員の不注意から起きるのではなく、SaaS導入の低摩擦化と部門ごとの個別最適という組織的な力学から生まれます。
対策は5つのステップで体系的に進めることができます。
重要なのは、対策を一度で完結させようとするのではなく、継続的に改善するサイクルを作ることです。棚卸し → 整理 → ルール整備 → 運用 → 次の棚卸しというサイクルを回し続けることで、SaaSスプロールの再発を防ぎながらITガバナンスの成熟度を高めていけます。
まずは現状のSaaS利用実態の把握から始めることをお勧めします。
SaaS管理の課題を具体的に相談したい方へ、Josysのデモ環境で、SaaS一元管理の操作感を実際にご確認いただけます。
最後に、SaaSスプロール対策を検討する情シス担当者からよく寄せられる疑問を整理します。実務で判断に迷いやすいポイントをまとめました。
厳密には異なります。シャドーITはIT部門が把握していないIT全般(ハードウェア・ソフトウェア・クラウドサービスを含む)を指す広い概念です。SaaSスプロールはその中でもSaaSアプリケーションが無秩序に増殖している状態に特化した言葉です。現代においては、シャドーITの主要な問題がSaaSスプロールに集中しているため、両者はほぼ同義で使われることも多くなっています。
まず「現状把握(可視化)」から始めることをお勧めします。全社でどのSaaSが使われているかを把握しないまま対策を進めると、対応漏れが生じます。社内アンケート、クレジットカード明細の確認、SSOログの分析などを組み合わせて、まず全社のSaaSリストを作成することが最初のステップです。
はい、管理対象に含めることをお勧めします。フリープランでも、業務データが保存されるSaaSは情報漏えいリスクを持ちます。フリープランが有料プランにアップグレードされると、情シスが気づかないまま費用が発生するケースもあります。ただし、申請・承認フローを業務負荷にならない程度に簡略化することで、現場の遵守率を高めることが重要です。
スプレッドシートでの管理が現実的に運用できている間は、ツール導入を急ぐ必要はありません。管理するSaaSが50種類を超えてきた、入退社の対応が月に複数件発生している、棚卸しに多大な工数がかかっているといった状況が出てきたら、ツール導入を検討するタイミングです。解決したい課題を明確にしてから選定することが、導入後の満足度を高めます。
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